南禅
  寺だより―ノンフィクション作家 柳原和子さんの公式ホームページです―

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柳原和子について

▼2012年9月28日
『柳原和子 もうひとつの「遺言」〜がん患者に贈る言葉と知恵』(中央公論新社)発刊のお知らせ

 早いもので、亡くなってから4年半が経ちましたが、ようやく遺稿集を発刊することができました。内容をご紹介します。

 10年間に及ぶがんの闘病生活を送ったノンフィクション作家・柳原和子。がんを患った経験を思索した『がん患者学』は大きな話題になり、患者たちの生き方のバイブルになった。しかし、初発から6年半目の再発・転移。あらゆる医者から「治らない」と言われてからの医療との向き合い方、生き方もまた壮絶だった。

 がんを治すことを最大の使命と目的にし、日進月歩の医療。その中において、取り残された治らない患者の敗北感、絶望感、孤立感はどれほど過酷であるか。医療はそういった患者の気持ちをどこまで理解し、受け止めているのか。  患者ですらも「治る」「治らない」だけを問題にし、医療の決めた二者択一しかない道筋にからめとられていく現実・・・。がん患者はどうやって生きていけばいいのか。

 がんの初発から、再発、緩和、亡くなる直前まで。どのステージにおいても医療側の論理や都合にとりこまれることなく、自分の生き方を貫こうと模索し格闘してきた柳原和子が、患者仲間に向かって発信していた力強い言葉や知恵をまとめた一冊。

 彼女が遺してくれた課題は、がん患者、医療者、そして健常者に至るまで、私たちひとりひとりの生き方を見つめ直すきっかけになるはず。


南禅寺だよりの会 工藤玲子

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▼2011年8月9日
『養生ごはん』通販のお知らせ

 柳原和子さんが亡くなってからもなお版を重ねていた「養生ごはん」(主婦と生活社)ですが、 このたび、残念ながら6刷の在庫がなくなるのを持ちまして、絶版となりました。 今後は在庫を90部ほど、「南禅寺だよりの会」の方で持ちますので、ご入用の方が いらっしゃる場合は、下記メールにてご連絡いただければと思います。

>>nanzenjidayorinokai@yahoo.co.jp

南禅寺だよりの会 工藤玲子

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▼2009年10月16日
『カンボジアの24色のクレヨン』に登場する少年の絵と
柳原和子さんがカオイダンキャンプで撮影した写真パネルを
NPO法人「テラ・ルネッサンス」さんに寄贈しました。

 9月吉日。柳原和子さんのお姉様である三村玲子さんが京都に赴き、柳原さんの著書『カンボジアの24色のク レヨン』の主人公―チョムリス・ウンさんの描いた絵と、柳原さんが滞在していたカオイダン難民収容センターで 撮影した写真パネルを、京都・伏見にあるNPO法人 テラ・ルネッサンスさんに寄贈しました。

テラ・ルネッサンスさんは、地雷、小型兵器、子ども兵という3つの問題に取り組んでいる団体です。 カンボジアやアフリカの少年兵に関する調査活動や国際協力、国内における教育・啓蒙活動に力を入れています。

 理事長の鬼丸昌也さんによると、現在、柳原さんの著書を大学生インターンの担当の方が読み込んでくださって おり、今後、寄贈された絵や写真を、各地の学校に貸し出すなどの企画を考えてくださっているそうです。

 これは、作家の田口ランディさんのご尽力により、実現しました。

 三村さんは「これで、彼女のひとつの歴史が語り継がれることになり、ほっとしております」と、喜びの報告を してくださいました。

>>NPO法人「テラ・ルネッサンス」のホームページはこちら

南禅寺だよりの会 工藤玲子

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▼ 2009年5月18日
 田口ランディさんの短編作品『蛇と月と蛙 その4「青に帰す」』 (小説トリッパー 2009年春季号・朝日新聞社刊)に柳原和子さんが登場します。

 この作品は、田口ランディさんが柳原和子さんの死によって残された謎を解き明かすために、 彼女との出会いや交流をふり返り、「がん」「生と死」というキーワードを軸にして絡み合うなかで、 ランディさんの中で起こった化学反応とでも言うべき赤裸々な心の動きと深まっていく思索の行方が、 ある種の緊迫感を持って描かれます。

 柳原和子さんは、いつも挑発的に疑問を投げかけ、ときに対立しながら、相手の思考をゆさぶる方でしたが、 あるときからパタッと止めてしまいます。闘病で体が思うようにならなかったせいもあったかと思われますが、 おそらく同じ匂いを肌で感じていた作家・ランディさんに対しては、 ノンフィクション作家としての柳原さんを最後まで全面に出していたように感じました。

 柳原さんが「当事者」である作家ならば、ランディさんも「体を通した言葉」で語る作家。 そこには言葉がいらないことを、十分、承知していたのでしょう。

 私も彼女の魅力に引き込まれた一人ですが、柳原さんはなぜそれほどまでに、 出会う人々に深い印象を残していくのか――。その理由のひとつが、この作品を読むことで、 また少し理解できたような気持ちになりました。

>>小説トリッパー 2009年春季号(朝日新聞社刊)の詳細・購入はこちら

南禅寺だよりの会 工藤玲子

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▼ 2009年5月10日
 3月7日 柳原和子さんの一周忌が法然院(京都)にて行われました

 柳原和子さんが旅立たれたのは、ちょうど1年前の3月2日、午前10時15分のことでした。
 生前、「偲ぶ会だけはやってくれるな」と、何度も念を押されていたため、気にはなりつつ、 時だけが過ぎ去っておりました。

 ある日、作家の田口ランディさんより連絡があり、「偲ぶ会ではなく一周忌をやりましょう」 ということで企画をしてくださり、柳原さんが大好きだった法然院にて行われることになり ました。

 まだ肌寒さの残る、3月7日の土曜日の昼下がり。晴れ女の柳原さんらしく、前日までの雨は どこへやら、京都には晴天の空が広がっておりました。

 柳原さんに縁のある、懐かしい面々が法然院の方丈の大広間に集まり、挨拶を交わしたり、 お庭を眺めたりして、のんびりと、法要がはじまるまでの時間を過ごしました。地元関西をはじめ、 関東、東北、上越など、全国から60人ぐらいの人が集まりました。

 本堂へ移動して、お経と講和を聴いたあと、大広間に戻ると、柳原さんのお姉さまである三村玲子 さんとご主人様からのご挨拶がありました。ご主人様からのペルー旅行記では、柳原さんが現地の タクシー運転手と大喧嘩した話などで、笑いが起こりました。

 次に、柳原さんとは医療過誤原告の会で知り合い、柳原さんのことを「大佐」もしくは「将軍」と 慕っていた高橋さんが親友のピアニストの方とともに、サックスの演奏をしてくださいました。 日本庭園を眺めながら聴く、粋なジャズの演奏でした。
 演奏が終わると、次は、今回の主宰者・田口ランディさんによる、柳原さんの作品の朗読でした。 鈴木さんのハープの演奏に合わせての朗読で、「がん患者学」の一場面をふり返りました。 それとともに、柳原さんの世に出ることのなかった遺稿「YOBU」と、田口さんによる、 法然院と柳原和子についてのエッセイが配布されました。
 そして最後は、恒例の参加した皆様からのメッセージ。柳原さんの出版会などに参加した皆様は 慣れていらっしゃると思われますが、必ず参加者全員が、スピーチをさせられることがお約束な のです。

 一人ひとり、柳原さんとの思い出を熱く語りました。柳原さんの愛情表現によりいじめられた人、 けんかした人、元気づけられた人、妥協できない柳原さんとの仕事で病気になった人、 一緒によく遊んだ人、おいしいものを食べた人・・・。そこには、いろんな柳原さんがいました。 生前の、元気ではつらつとした柳原さん像が、目に浮かんでくるようでした。
 あっという間に時間が過ぎ去り、みな、名残惜しさを感じながら、それぞれ帰途につきました。
 下駄をカランカラン言わせながら、京都の町を闊歩していた柳原さん。早朝に、 南禅寺から法然院を抜ける哲学の道を元気に歩いていた柳原さん。 闘病中とは思えないフットワークの軽さで、朝に「行く」といったらその足で東京に出てきてい た柳原さん。いつでもお腹をすかし、おいしいものに目がなかった柳原さん。お金がないといい ながら、いつも皆にご馳走していた柳原さん。

その日は、京都のどこかでふらりとすれ違いそうな気がしてなりませんでした。きっと一周忌の 席でも、一番前の席におしゃれをした柳原さんが座り、昨年1月に行われた囲む会のときと同様 (※収録テープおこし参照)あれこれ文句とつっこみを入れながら、参加されていたことでしょう。

南禅寺だよりの会 工藤玲子

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▼ 2008年12月19日
 柳原和子さんからのメッセージがNHKの番組で取り上げられます

柳原和子さんが生前にかかわったNHKの番組中で語ったメッセージが、年末年始に放送予定の、以下の番組で取り上げられるそうです。ぜひご覧ください。

『耳をすませば あの人からのメッセージ2008 心静かに 心激しく
 〜禅と闘病 2つの生き方』

 ―永平寺住職 宮崎奕保とノンフィクション作家 柳原和子―
2008年12月29日(月)午前6:15〜6:44(総合テレビ)

『あの人からのメッセージ 2008』
2008年12月29日(月)午前9:30〜11:29(BS2)
2008年12月31日(水)午後5:50〜7:49(教育テレビ)※再放送 

『あの歴史的人物の珠玉の言葉が蘇る 
 NHK映像ファイル「あの人に会いたい〜柳原和子」』

2009年1月31日(土)午前5:40〜5:50(総合テレビ)
2009年2月3日(火) 午後14:30〜14:40(教育テレビ)※再放送
2009年2月6日(金) 午前9:50〜10:00(BS2)※再々放送

●番組は変更になる事があります。 番組表にてご確認ください。

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▼ 2008年10月24日
 柳原さんの作品および蔵書が、「にとな文庫」に収められています

 「にとな文庫」は千葉県がんセンターの中にある患者さんのための情報図書室です。ここには患者体験を持つ医療専門の司書さんがいて、本やインターネットサイトを探すなど、患者さんの疑問や不安を解消するためのお手伝いをしております。"エプロン姿で、お茶を一緒に飲みながらおしゃべりをする"そんなほっとするスペースにもなっております。
 柳原和子さんのお姉様である三村さんから送っていただいた柳原さんの蔵書はとてもたくさんあって、一部を「にとな文庫」に置き、他は患者さんがいつでも見られる場所に置くようにしてます。
 蔵書の横に、私が持っていた柳原さん関連の記事などをファイル8冊に整理し、置きました。
  たとえば、NHKがんサポートキャンペーンの提言『はじめの一歩』や、最終回『手をつなごう患者と家族たち』、連載エッセイ『南禅寺便り』や、αの会の講演、がんサポート情報にある鎌田實さんとの対談、さらに、インターネット上のたくさんの方々のブログに書かれた柳原さん追悼文の数々などです。もちろん柳原さんの公式ホームページも収録されています。

>>千葉県がんセンター「にとな文庫」のホームページはこちら  

大西眞澄さん

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▼ 2008年8月14日
 患者会の皆様にお知らせします。

柳原和子さんの本、「がん患者学」、「がん生還者たち」などを寄贈いたします。
本は、柳原和子さんご本人のお部屋に遺されていたものです。
皆様のご活動にお役立ていただければ幸いです。
ご希望の方は、メールにてお送り先などをお知らせください。
郵送費もこちらで負担させていただきます。

南禅寺だよりの会 工藤玲子

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▼ 2008年5月14日
 「柳原和子さんを囲む会」実録を会員制ブログにアップしはじめました。

 聖路加国際病院のホスピスに入院なさってから2週間目の週末。仲のよかった友達、一緒に仕事をしてきた仲間たち、お世話になった方々など、どうしても会っておきたい人々に声をかけ、1月26日(土)に、「柳原和子さんを囲む会」を開催しました。

 柳原さんには、これが最後になるかもしれないという思いがあったのか、何かに急き立てられるように、皆さんに会うことを切望されていました。

 会に間に合うように髪を染め、洋服を用意し、その日を楽しみにしていました。にぎやかにもてなすことが大好きだった柳原さんらしく、お寿司やチーズなどのおつまみをワインとともに用意するよう頼まれた私たちは、大忙しでした。

 いったい何人の方が来てくださるのか分からないまま迎えた会でしたが、私たちスタッフが約10名を除いて、53名もの方々が、全国から集まってくださいました。

 そのときに、皆様からいただいたお言葉を、それぞれ抜粋してホームページを飾るように、柳原さんに頼まれておりましたが、会のテープ起こしをしていくなか、どうしても柳原さんの肉声を残しておきたく、臨場感あふれる会の様子をできるだけそのままに、このブログにアップさせていただきたく思います。

 読みにくいところが多々あると思いますが、その点はご了承くださいませ。また、会のなかで柳原さんご本人からこのホームページの紹介およびお願いを申し上げましたとおり、皆様からのメッセージは、このブログでのみ掲載させていただきます。(※もし今後、何らかの形で転載などをすることがある場合は、個別にご連絡を申し上げます。)

南禅寺だよりの会 工藤玲子

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▼ 2008年3月14日
「旅立ち」

3月2日の午前10時15分。

柳原和子さんは、まるで眠るように、静かに、ひっそりと旅立たれました。

その3日前には、柳原さんに頼まれて、上体をもちあげ簡単な運動の介助をしていたので、そして、前の晩には、寝ていることが多かったものの、集まったみなで音楽を聴いたり、談笑したりして、いつもどおりにすごしていたので、日曜日の朝の柳原さんが、「今だ!」と決めて行ってしまったかのような突然の旅立ちには、驚くとともに、さびしがりやの柳原さんらしい、お別れの演出だったと感じました。

旅立たれたあとは、自然に笑顔に戻っており、とても美しい顔になっていたことは、本当に救いでした。

まだ、未収録原稿や、白石一文さんとの対談、柳原さんと語り合う会の収録テープがありますので、時間はかかっておりますが、今、テープおこしをしております原稿を、追々アップしていきたいと思っています。

これからも、おつきあいいただけますと幸いです。

南禅寺だよりの会 工藤玲子

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▼ 2008年2月18日
「とっても不思議な話」を更新(会員専用ページ)

 柳原和子さんの闘病生活は、皆様の多大なるご支援、ご協力、ご声援で支えられておりますが、なかでも、特にお世話になっている帰一寺の水野芙紗江さんを、ご紹介したいと思います。

 柳原さんが窮地に陥っているときに、水野さんがふっと現れ、昨年、今年と、大きな力を与えてくださいました。

 今日も、柳原さんは、「帰一寺は、大きな椿が印象的で・・・」と思い出を語られ、「不思議でしょう」「私には、お母さんが3人いる」(お母様は早くに亡くされておりますが、「娘からの宿題」の著者・長尾クニ子さんとともに、水野さんのことをお母さんと慕っています)と、おっしゃっていました。

 水野さんとの再会のきっかけをつくってくださいました大西真澄さんの文章を掲載したいと思います。

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▼ 2008年1月26日
「柳原和子さんと語る会」を開催

 1月26日(土)午後1時より、都内の某所にて。「南禅寺だよりの会」主催で、「柳原和子さんと語る会」を開催しました。「南禅寺だよりの会」の会員様をはじめ、柳原和子さんと親交の深い方々を合わせて、総勢53名もの人々にお集まりいただき、盛況のうちにお開きとなりました。  出席なさったたくさんの方々からのメッセージは、随時、「柳原和子について」もしくは「会員専用のブログ」にて、ご報告させていただきます。

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▼ 2007年12月10日
 白石一文さんと対談

 作家の白石一文さんと柳原和子さんとの対談を収録しました。  最初に、柳原和子さんの「さよなら日本」についての話からはじまり、続いて「がん」、「医療」、「生命」の話なると、尽きることなく盛り上がり、気がつけば、対談時間は4時間近くになっていました。  収録した対談は、一部は公式ホームページにて、残りは「会員専用ページ」にて、(手を入れることなく)掲載いたします。

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▼ 2007年11月13日
「エイボン教育賞」を受賞

 社会における女性の活躍を応援するエイボンが主催する「エイボン・アワーズ・トゥ・ウィメン」は、時代を的確に捉え、社会のために有意義な活動をし、現代を生きる女性に夢と希望を与え、功績をあげている女性を表彰する賞です。

 この度、柳原和子さんは、2007年度の「エイボン教育賞」を受賞されました。教育賞は、広く学術・教育の分野で顕著な活動をしている女性に贈られるものです。

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